内定を得た先輩たちが、どのように選考を突破していったのかをリアルに語った体験レポートが多数掲載されています。エントリーシートの書き方から、WEBテスト・筆記試験の傾向、グループディスカッションの進め方、さらには面接対策まで、実際の選考を段階ごとにご用意。 就職活動全体の流れや対策のヒントを、具体的なエピソードから学べる内容になっています。
Q学業で力を注いだ事・学んだ事
A高校生の頃から、他国の保育と日本の保育の違いに興味があり、大学では、専門的に学ぶことで、日本と他国の保育の違いをよく理解することができました。そしてそして卒業論文では、多文化共生保育が、日本の教育現場において実現可能なのかということを研究しました。この経験から、日本の多文化共生保育の実態、課題などを学ぶことができました
Q1次面接はどうでしたか。
Aラフにディスカッションベースで進行していただけたのでリラックスして挑めました。反面、話しやすさのために冗長になっていた点があります。
Q自己紹介をお願いします。
A昭和音楽大学から参りました。〇〇〇と申します。本日はよろしくお願いいたします。
Q学業で力を入れたことを記入ください。200文字以下
A一年時から、グループ活動に慣れることを目的にグループワークで課題に取り組む授業を多く受講したことです。3年次に一年間かけて受講した「(講義名)」は、グループで社会課題からテーマを決め、グーグルフォームで調査を行い、それらのデータ分析に基づき課題解決策を提案した報告書を一冊の本にまとめるという講義で、グルーブ活動における各個人の役割の大切さや、現状を客観的に適宜確認することの大切さを学びました。
Q自己PR
A私の強みは、粘り強さと一つのことを最後までやり切る力です。大学に入ってから新しい趣味を始め、予期せぬ困難が多々ありましたが、あきらめず取り組み続け、今も目標に向かって進み続けております。具体的には格闘技でプロになろうと思っております。最初は趣味程度で始めたのですが当然試合でも思うような結果がでず、大きな怪我もしてしまうような経験もしましたが、毎日少しずつ問題点を洗い出し、解決策を模索しました。結果として試合でかなりいい結果を出せたと思います。この経験を通じて私は困難な状況でも決して諦めず、最後までやり抜く力を身につけました。この強みを生かし、貴社でも長期的なプロジェクトや課題に対し粘り強く取り組み必ず成果を出すことを約束します。
Qあなたが学生時代に夢中になって取り組んだことは何ですか。また、そこから何を得ましたか。
Aゼミでゼミ長として全体をまとめたことです。新規生が約9割で、消極的でモチベーションの少ない学生や未経験で長を担う学生などの不安を考慮し、前例のない夏合宿を一から企画、運営を行い、 交流を深めることで最終目標である研究報告会への作業を円滑にすることができました。その中で一人ひとりの性格や得意分野、人間関係を把握しその人に合った作業や褒め方、指導方法を伝えることでゼミ全体で不満が出にくく納得のいく結果を出すことができました。以上の経験を通してリーダーシップはもちろん、人間関係の構築能力や傾聴力、分析力などの能力に加え、ゼミ生からの信頼や達成感などを得ることができました。
Q当社のインターンシップに応募した理由(資産運用業界または当社に関心を持った背景、インターンシップを通じて学びたいこと)※300字以内
A大学院の研究の経験と専攻を活かし、業務に貢献するためである。大学院の研究でポートフォリオ理論に登場する数理モデルを研究し資産運用に興味を持った。また、ゼミを通じてクオンツ運用に関連する統計分析を学んだ。これらの経験を活かし、定量分析業務で活躍したいと考え資産運用を志望する。インターンシップを通じ学びたいことは、オルタナティブデータ(以下AD)のクオンツ運用での活用方法である。大学院のゼミを通じ株価の変動の分析手法を学び、複雑化する市場の動向を市場データのみを用いて予測することは難しいと感じ、ADを活用した市場分析に興味を持った。業界一位の貴社のクオンツ運用におけるADの活用方法を学びたい。
Q自己紹介をお願いします
A東邦大学の〇〇と申します。 高校時代は災害による研究を課外活動で取り組み、大学では□□問題について包括的に学びつつ、2つのサークル、1つのプロジェクトに参加しております。 この時間を通して少しでも自分のことを知っていただけるとうれしいです。 本日はよろしくお願い致します。
Q大学時代にどのようなことに力を入れていましたか。
A体育会〇〇部で活動していました。幼稚園で〇〇を始め、高校時代は海外でセミプロとしてお給料をもらうレベルで〇〇に取り組んでいましたが、大学では選手として〇〇を続けることをやめました。私がプレイヤーとしてパフォーマンスを発揮するよりも、スポンサーの獲得で部費を捻出し優秀な指導者を雇う方がチームのレベルの底上げになると思ったからです。