日本デザインセンター

ES情報

  • 27 年卒
  • 女性
  • 多摩美術大学

自己PR

私の強みは、チームをゴールへ導く推進力です。大学でのチームによる映像制作において、メンバー間で表現の方向性が異なり、意見の対立から制作が停滞しました。私は、単なる多数決ではなく全員が納得できる「軸」が必要だと考え、停滞の原因を「個人のこだわりが先行して『誰に何を届けるか』という作品の目的が共有されていないこと」にあると特定しました。そこで、各メンバーの独自のこだわりを言語化して共有する場を自ら設け、それらを「観客にとってのエンタメ体験」という一つの客観的なコンセプトへ昇華させることで、全員の強みを活かした演出を構成しました。結果として、制作した短編映画は映画祭で入賞することができました。入社後は、ビジネスとしてのデザインをクリエイティブの可能性で最大化させ、主体的にプロジェクトを成功へ導ける存在になりたいと考えています。

学生時代の取り組み

学生時代は、ウェアラブルな作品の制作と、作品を社会へ実装するためのアクセサリーブランド『〇〇』の立ち上げに注力しました。私の制作は、自身の内的な感情や記憶を「装身具として着用する」という極めて私的なコンセプトに基づいています。しかし、こうした内省的な表現を既存の市場で展開する際、作品の物語性を損なわずに共感へ繋げるためのプラットフォームが不足していることが課題でした。そこで、作品を多角的に体感できる場を自ら設計するため、様々なジャンルのクリエイターが交差する自主企画イベントを友人と企画・運営しました。異なる領域の個性が融合し、作家と消費者が制作物や時間を共有できる場を構築することができた結果、自身の作品とブランドの認知度の向上にも繋がりました。自らブランドを構築し、チームでアートイベントを設計した経験は、私のプロデューサーを目指すひとつの原点となっています。

ゼミや学業などの内容を記載してください。

私は研究室に所属しており、映像、プログラミング、デジタルファブリケーションなど、多様なメディアを多角的に扱う表現研究に取り組んでいます。本研究室では、単に最新技術を追うのではなく、デバイスやメディアそのものが持つ特性を「素材」として捉え直し、それが人間の知覚や社会のコミュニケーションにどのような変化をもたらすかという本質的な問いを探求しています。そのなかで、私は自身の内的な感情や記憶という実体のない対象を、ファッションとして装身具という物理的な形態に定着させるプロセスを実践的に研究してきました。研究室での講義を通じて、個人の微細な表現をいかにして他者が介入可能な「体験」へと接続するかという客観的な視点を養いました。また、プログラミングや電子工作などの様々な技術を幅広く学び、表現を形にするための「言葉」として習得し、概念を具現化する一連の工程を経験しました。

学業以外で熱心に取り組んだこと(既卒者は卒業後の職務経験でも可)を記載してください。

私が熱心に取り組んだことは、映像作家である〇〇氏のアシスタントとして数々の制作現場に携わった経験です。表現が形になって社会へ届くプロセスを現場で学ぶため、自ら志願して制作に携わるようになりました。具体的には、アーティストのMV撮影やランウェイ等の現場において、機材管理や進行補助、関係各所との連携など広範な実務を担いました。当初は刻一刻と変化する状況下で指示を全うすることに精一杯でしたが、監督の望む表現を最短距離で形にするためには、現場の一歩先を読み解く主体性が必要だと考えました。そこで、全体の流れを構造的に把握し、「今何が必要か」を先回りして判断することを徹底しました。その結果、トラブルや進行の滞りを未然に防げるようになり、タイトなスケジュールの中でも撮影時間の短縮に貢献できました。この経験から、チーム全体の動きを多角的に読み取り、現場を導くための主体性を養うことができました。

日本デザインセンターが手掛けた仕事であなたが最も関心のあるものを、その理由とともに記載してください。

私が最も強い関心を抱いているのは、貴社が手掛けた『市原湖畔美術館』のサイン計画です。このプロジェクトに関心を抱いたきっかけは、2024年に開催された「百年後芸術祭」で実際に現地を訪れた体験にあります。このプロジェクトにおいて最も惹かれた点は、ピクセル状のドットで構成された一貫性のあるサインデザインです。特に、美術館が位置する周辺環境の立地特性を深く解釈し、その揺らぎや広がりをピクセル状のドットへと抽象化してアウトプットする鮮やかさに驚かされました。この一貫したデザインシステムは、単なる視覚的な新しさだけでなく、情報としての伝わりやすさと、クリエイティブとしての本質的なコンセプトを見事に提示していると感じました。また、無機質でラフな雰囲気の建築資材とも調和し、空間全体に軽やかなリズム感とモダンな印象を与えていました。情報は単なる記号として提示されるのではなく、建築のテクスチャを活かしながら来場者の知覚を的確にガイドする「共通言語」として機能しており、その圧倒的な適合性に圧倒されました。また、芸術祭当日の美術館広場に、大人から子供まで多様な人々が集まり、思い思いに過ごしている光景も忘れられません。そこには、非常にニュアンス豊かでニュートラルな空気が流れていました。デザインがそこに集まる人々の振る舞いにそっと寄り添い、場所のあり方を引き出していることを肌で感じました。プロデューサーを志望する私にとって、このプロジェクトは、建築・地域・来場者という多角的な要素を一貫したコンセプトへと集約させ、社会や地域コミュニティに新たな文化を提示したプロセスそのものとして、大きな目標となっています。私もこのような「人の心と場所を繋ぐデザイン」を、貴社の多様な専門家と共に創り出していきたいと考えています。

あなたが将来なりたい姿について、志望動機を踏まえ記載してください。

私は、貴社の歴史に刻まれてきた数々の革新的な仕事に次ぐプロジェクトを牽引し、10年後、さらには100年後の未来においても語り継がれるような、デザインによる「時代のアイコン」を創り出せるプロデューサーになりたいと考えています。人生において様々なデザインに触れるなかで、優れたビジュアルとは単なる情報の装飾ではなく、時代を超えて人々の記憶に刻まれ、新たな文化そのものを形成するものだと確信するようになりました。なかでも貴社のアートワークに触れるたびに感じるのは、クライアントを高い解像度で解釈し、クリエイターの卓越した表現へと結びつけ、社会へ届ける瞬間の圧倒的な説得力です。市原湖畔美術館の事例に見られるように、土地の文脈などを深く読み解き、一貫したコンセプトのもとに集約させる姿勢こそが、私が貴社を志望する理由です。また、プロデューサーを志す理由は、自分自身がつくり手である以上に、多様な才能が最大限に発揮される場を設計することに、より強い喜びと可能性を感じるからです。表現の価値は、生まれた瞬間ではなく、社会へ届いて初めて完成すると考えています。その「届けるまでの設計」を担い、未知の価値を構造化して社会へ定着させる役割こそが、プロデューサーの本質だと考えています。さらに、貴社が掲げる「本質を見極め、可視化する」という姿勢は、私がプロデューサーとして追求したいことと重なります。これまで、大学等の制作において、周囲の指示を待つのではなく、プロジェクトを主体的に牽引することを重要視してきました。この推進力こそが、私の最大の強みだと考えています。100年後の人々が貴社のアーカイブを振り返った際、私が携わったプロジェクトがその時代のデザインを最も鮮やかに象徴していること。それが、プロデューサーとしての私の挑戦であり、貴社で成し遂げたい唯一無二のビジョンです。